大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和28年(う)925号 判決 1954年2月23日

控訴人 被告人 樋口昭三

弁護人 服部喜一郎 外一名

検察官 佐藤鶴松

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

主任弁護人南出一雄の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の弁護人服部喜一郎名義の控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。

控訴趣意第一及び第二について。

所論は、要するに、被告人か磁石を用いてパチンコ玉の所持を自己に移した点は不正であるけれども、その目的はパチンコ玉を景品交換の用具に供するために一時使用するに過ぎないものでパチンコ玉そのものを領得しようとする意思はないのであるから、窃盗ではなく詐欺未遂罪であるというのである。しかし、不法領得の意思とは権利者の物に対する支配を排除し、これを自己の所有物としてその所有権の内容を実現する意思に外ならないから、たとえ目的はパチンコ玉を景品交換の用具に供するにあつたとしても、それは所有者の意思に基かず磁石を用いてパチンコ玉の所持を自己に移すものであり、しかもそのパチンコ玉を景品と交換すると否とは自由であるから、かくの如きは即ちパチンコ玉の所有者の支配を排除してその所有権の内容を実現するものというべく、これを以て所論のように所謂使用窃盗とみるべきではなく、パチンコ玉に対する不法領得の意思が存するものと解するのが相当である。されば、原判決が原判示事実を窃盗罪を以て問擬したのは相当であつて、所論のような擬律錯誤の違法は存しない。論旨は理由がない。

同第三について。

記録を精査し、被告人の経歴、前科関係、本件犯行の動機、態様その他諸般の情状を斟酌考量するに、原判決の量刑を目して重きに失し不当であるとは認め難い。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、なお当審における訴訟費用の負担につき同法第百八十一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)

弁護人服部喜一郎の控訴趣意

第一、前審公訴事実及判決 (1) 被告人ハ昭和二十八年十月五日午后七時三十分頃カラ、同日午后八時迄ノ間郡山市北町十四番地(<キ>)パチンコ遊戯場コト李泰熙方店舗内ニ於テ磁石ヲ用イテ右泰熙所有ノパチンコ玉五百二十箇ヲ窃取シ、(2) 前同日午后八時二十分頃カラ同八時三十分頃迄ノ間、同市柳内八四番地すずらんパチンコ遊戯場コト渡辺秀治方店舗内ニ於テ、前同様磁石ヲ用イテ右秀治所有ノパチンコ玉五十箇ヲ窃取シタモノデアル。ト云フノガ公訴事実ニシテ検察官ハ刑法第二三五条ノ窃盗罪ヲ以テ起訴シ前審裁判所モ又パチンコ玉ノ数量ニ於テコソ差アリタレドモ公訴事実ノ殆ンド全部ヲ認メ窃盗罪トシテ懲役六ケ月ノ言渡ヲ為シ被告人ニ前科アルガ故ヲ以テ執行猶予ニ為サザリシモノナリ。

第二、前審判決ハ法令ノ適用ヲ誤レルモノナリ。前審判決ハ被告人ハパチンコ玉ヲ窃取シタルモノナリトシテ刑法第二三五条ヲ適用シテ判決ヲ言渡シタルモノナレドモ、本件被告人ノ行為ハパチンコ玉ヲ窃取シタルモノニアラズ単ニパチンコ玉ノ所持ヲ利用シテ之ト交換ニ景品ヲ取得シ(第一ノ公訴事実)又ハ取得セント(第二ノ公訴事実)セシモノニシテ只ソノパチンコ玉入手ノ手段ガ不正ナリシモノヲ正当ニ領得セシモノノ如ク装ヒテ景品ヲ取得シ及取得セントセシモノナレバ刑法第二四六条ヲ適用シテ詐欺罪トシテ処罰スベキモノナリ。蓋シ窃盗罪ノ成立ニハ他人ノ財物ニ付不正領得ノ意思ヲ以テ、其ノ所持ヲ侵シ之レヲ自己ノ所持ニ移スコトヲ必要トスルガ故ニ単ニ一時使用ノ為メ之レヲ自己ノ所持ニ移スガ如キハ窃盗罪ヲ構成スルコト無シ、而シテ領得ノ意思トハ被害者ノ所持ヲ奪ヒ自己ノ支配下ニ移シテ、之レヲ使用処分シ自ラ所有者ノ実ヲ挙グル意思ナリ一時使用ノタメ自己ノ所持ニ移スハ決シテ領得ニアラザルナリ。之レヲ本件ニ照シ見ルニ被告人ニ於テパチンコ玉ソノモノヲ不正領得ノ意思アリシヤ否ヤ、磁石ヲ用イテパチンコ玉ノ所持ヲ自己ニ移セル点ハ不正ナリシコト争ヒナケレドモ被告人ニ前記領得ノ意思アリシヤ否ヤ被告人ハ只パチンコ玉ヲ景品交換ノ用具ニ供センタメ一時使用セントセシニ過ギズシテパチンコ玉ソノモノヲ領得セントスル意思ナク目的ハ景品ノ領得ニアリシナリ。故ニ本件ハ詐欺罪及ビ詐欺未遂罪トシテ処罰スベキモノニシテ窃盗罪トシテ判決シタルハ法令ノ適用ヲ誤レルモノナリ。ココニ附言スベキハ前審立会検察官ハ仮リニ被告人ニ於テパチンコ玉ソノモノヲ不正領得ノ意思ナカリシトスルモ、パチンコ玉ハ景品ト交換サルベキ経済的価値ヲ有スルモノナレバ、パチンコ玉ノ不正取得ハ該経済的価値ノ不正領得ナルガ故ニ此ノ点ヨリ見テ窃盗犯トシテ処罰スベキモノナリト論告シタレドモ窃盗罪ニ付テ規定スル他人ノ財物トハ特別規定ノ無キ限リ有体物ナラザルベカラザルコトハ明白ニシテ経済的価値ノ如キハ窃盗罪ノ目的トナラザルモノナリ。

第三、執行猶予ノ恩典ヲ賜リタシ。被告人ハ前ニ懲役刑ノ言渡シヲ受ケタレドモ執行猶予トナリタルモノニシテ又本件公訴事実ノ(2) ノ一部ハ詐欺罪トシテ未遂ニ終リシモノ尚又被告人ガ磁石ヲ入手セシハ朝鮮人ノ懇情止ムナキニ出デタル(被告人ノ供述調書)等ソノ情状誠ニ酌量スベキモノアリタレバ求刑ハ八ケ月ナリシガ言渡ハ六ケ月ナリ而シテ前審判決言渡当時ハ執行猶予ニ関スル規定改正前ナリシガ現在ハ右規定改正セラレテ「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアルモ執行ヲ猶予セラレタルモノ一年以下ノ懲役又ハ禁錮ノ言渡ヲ受ケ情状憫諒スベキモノアルトキ又同ジ」

トナリタルニ付仮令控訴審ニ於テナリトモ執行猶予ト為スベキコトヲ得ルモノト信ズルニヨリ何卒執行猶予ノ恩典ニ浴セシメラレタシ。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例